「田中角栄」考
田中角栄の悪業



〈 眞紀子の親父の角栄について 〉

 宗男を悪の権化みたいに言う人がいるが( 確かに悪ではあります )、角栄に比べたらスケールが実に小さいものです 角栄が総理大臣辞職したのが昭和49年11月であるから、当時20歳前後の人でないと金権角栄の悪どさというのは実感が湧かないであろうと思います。 彼の政治家としてあるまじき金脈事件、非常識な行動を暴いたのは立花隆であり、 「田中角栄研究」 「ロッキード裁判傍聴記」 「田中角栄いまだ釈明せず」 等の彼の著書に角栄の汚辱にまみれた資産形成過程や、非常識な行動が詳しく分かり易く描かれております。

 これを詳しくここで述べることは到底不可能であり、興味あれば一読することをお勧めします。 角栄自ら述べたように、新潟の貧しい無一文の家庭に生まれた人間が、経済人としてでなく政治家としていかにして巨万の富を得ることができたか? 簡潔に述べると角栄の資産形成は一言で言えば政治権力をフルに利用した、脱税まがいの商法によるものであり、彼が政治を主たる業としていたのか、不正手段による蓄財を主たる業としていたのか区別がつきません。 つまり 彼の議員活動は政治の為か、代議士、国務大臣の特権を悪用した金儲けの為か区別がつかないと言っても過言ではありません 角栄の不正蓄財が刑事事件として立件されなかったのは、ただ当時 「眠れる検察」 と言われた検察の怠慢以外のなにものでもありません。

 角栄の不正について、数例を挙げると下記のとうり。
新星企業、東京ニューハウス、室町産業、パール産業、軽井沢商事、新潟遊園、浦浜開発等の幽霊会社( ペーパーカンパニー )を使った土地転がし、株転がしによる不当利益の確保。
常に河川増水で水浸しとなる農地をただ同然の価格で買い上げ、その後河川に堤防につくり一挙に無価値同然であった農地を金ぴかの一等地として莫大の資産を形成。
国際興業の小佐野賢治とつるみ、自分がしゃぶり尽くしたあとの日本電建を小佐野に高額で売却し、代わりにハワイのホテル買収のための外貨送金を認めたり、虎ノ門の国有地の払い下げに便宜をはかる。
恐喝まがいの政治献金要請。
妾の辻和子に対する公費による自宅贈与。
 等々であり、世間で有名なロッキード事件の賄賂5億円は彼にとっては数ある悪行の内の一つにすぎません。 立花隆のレポートは詳細を極めますが、それでも彼によるとこれらの犯罪はあくまでも彼の調査において知りえたものであり( 表にでているデータ、例えば謄本、政治資金報告等からの調査によるものであり )、表に出ない裏の犯罪はこの何倍となるかは判らない、と彼は述べています。


〈 角栄批判 〉

 立花隆は、角栄が日本政治のターニングポイントであった、つまり 日本の政治をここまで堕落させ徹底的に悪くしたのが角栄であると断罪しています。 彼ほど汚辱に満ちた政治家はいないでしょう。

 また 立花隆は、角栄は議員立法を多く提出した政策通で、官僚を巧く使いこなしたといわれるが、とんでもない誤解で彼ほど巧く官僚に利用された政治家はいないと喝破しています。 ですから無知なるが故に首相になって失政を重ね、経済原論のイロハも知らないから金融を引締めるべき時に緩めて石油ショックと相俟って狂乱物価となるインフレを招いたのです。

 その後、金脈批判に反論することができず、支持率は10%以下に低下、ついに退陣を余儀なくされた訳です。 ( まぁ、当時の状況は森前首相の末期と酷似していますね。 森はタダのボンクラでしたが、これに金銭疑惑がプラスされたようなものです )

 首相退陣後に発生したロッキード事件により、遂に疑惑まみれの男が受託収賄で逮捕され、一審、二審とも有罪判決を受けながら恥じることなく金権にものを言わせ政界( 自民党のみならず、公明、民社を含め )を牛耳り、日本政治史上恥ずべき異常事態として有名となった 「無所属議員である田中支配」 が彼が脳梗塞で倒れる直前まで続いたのです。

 角栄死後、彼は政治の天才であったかのごとく言う人がいますが、これらの人々は無知な故に彼の真の姿を知らぬだけです。

 一言で角栄を述べると、公私のケジメをつけずに、私利私欲の為に代議士、大臣の特権を悪用して蓄財に励んだ現代日本政治史上、稀代の悪徳政治家 ということでしょう。