田中角栄のマスコミ支配
放送事件史 「田中角栄」
~大量免許でマスコミ支配~




田中角栄( 1918~1993 )。
貧しい生い立ちから立身出世した非エリートで、地元への利益誘導型政治のプロトタイプをつくり、土建国家の開発政治を主導して、自民党金権派閥支配を確立。
いまの若者は 「田中真紀子の父親」 としてしか知らないだろうが、角栄はさまざまな意味で 「戦後」 日本を象徴する政治家だった。
角栄がもう一つ、戦後を象徴するのが、そのマスコミ …… 新聞・テレビ支配だ。
田中角栄こそは、テレビとは何か、その利権とは何かを、もっとも正確に理解していた最大の政治家といえるだろう。
( 「放送批評」 1994年4月号 )

 1993年12月16日、元首相・田中角栄が死んだ。 享年75歳。 「カンピュータ付きブルドーザー」 となって 「列島改造」 を推進、日中国交回復を果たし、 「ロッキード」 と 「金権」 で失脚後も、 「闇将軍」 「キングメーカー」 として政界に影響力を行使し続けた男の、あっけない最期だった。

 残された言葉は 「眠い」 というつぶやきだけだったと伝えられる。

 翌17日の各紙朝刊はこれをトップニュースに掲げ、テレビもこぞって特集を組んだ。 「朝日」 朝刊のテレビ欄を見ると、タイトルに 「田中元首相」 を掲げた番組は16を数える。 さすがは角栄、だろうか。

 25日にはテレビ司会者の逸見政孝が死んだ。 翌日は日曜だから 「逸見」 の文字が出てくるのは3番組、27日朝刊と合わせて16番組。 わが放送界では 「戦後を体現した象徴的な政治家の死」 と 「タレントの癌壮絶死」 の番組予告数が同じなのだ。 実際のウェイトではどうだったろう。 NHKは逸見の死を無視したが、民放は特別番組を組んだほどで、逸見の扱いのほうが明らかに大きかった。 テレビ全体から受けた印象もそうだ。

 逸見の闘病は現在進行形で劇的に伝えられたが、角栄は脳梗塞に倒れた過去の人。 すでにドラマは終わった。 それに 「戦後の象徴」 など簡単には映像化できない。 芸能人も出てこないし、視聴率も取れない。 …… テレビ側の発想は、ざっとそんなところだろう。 無邪気なものである。

 しかし、実は 「テレビは無邪気」 では片づかない深刻な問題が存在する。 マスコミが田中角栄を取り上げる際に必ず伏せられ、今回の報道でも伝えられなかった問題 が、だ。

 それは 「田中角栄とマスコミ」 の関係 である。 テレビだけでなく新聞もこれを一切報じないことが、問題の深刻さを物語っている