田中角栄のマスコミ支配
角栄と記者の 「軽井沢の約束」




 新聞やテレビは、なぜ 「田中角栄とマスコミ」 の関係を報じないのか。 その理由は、無邪気なため問題の存在を知らないことを除けば、ひとつしかない。 マスコミ各社が角栄に世話になりすぎたため、 「田中角栄とマスコミ」 の関係を掘り起こすことは、自らと 「戦後最大の金権政治家」 の癒着を検証することにほかならない からである。

 田中角栄のマスコミ支配を象徴する有名な発言がある。 首相就任直後の1972年8月に田中が番記者9人に対して語ったもので、 「軽井沢発言」 として知られている。 番記者だけを集めて、田中はこんなことをいった。

「俺はマスコミを知りつくし、全部わかっている。 郵政大臣の時から、俺は各社全部の内容を知っている。 その気になれば、これ( クビをはねる手つき )だってできるし、弾圧だってできる」

「いま俺が怖いのは角番のキミたちだ。 あとは社長も部長も、どうにでもなる」

「つまらんことはやめだ、わかったな。 キミたちがつまらんことを追いかけず、危ない橋を渡らなければ、俺も助かるし、キミらも助かる」

 驚くべき発言である。 これだけで新聞のトップニュースになる。 アメリカで大統領が同じことをいえば、全マスコミがこぞって弾劾しただろう。 しかし、日本の新聞は一切報じなかった。

 報じなかったどころではない。 巨大新聞や放送局の記者たちは 「軽井沢の約束」 を守ったのだ。 その結果、新聞・テレビは田中の金権政治を何ひとつ撃つことができなかった。 それは立花隆が 「文芸春秋」 でやったのだ。  ある政治評論家から、 「角番記者には、田中に家を建ててもらった者がいる」 と聞いたことがある。 それは、軽井沢の約束の代価に違いなかった。

 しかし、マスコミは現場記者の家屋敷などとは比較にならない大きな恩恵を、田中角栄から受けたのだ。 放送事件史の田中角栄編とは、そんな恩恵にまつわる物語である。