田中角栄入門
お金と地位がすべて



 田中角栄はどんな相手でも、 「サシの勝負に持ち込めば絶対に負けない」 と豪語していたそうである。 しかし、そんな角栄の交渉術も時には通じないことがある。 政治評論家の藤原弘達を相手にしたときがそうだった。

 1969年に、藤原弘達が出そうとした 「創価学会を斬る」 という本の出版を妨害したと言うことで、創価学会が世論の批判を浴び、ついに池田大作会長の国会証人喚問まで要求されるような事態が起きた。 そこで、当時自民党の幹事長だった角栄が調停に乗り出した。

 角栄は藤原弘達を料亭に呼び出して、本の出版をやめるように説得する。 まさに、角栄の得意とする 「サシの勝負」 である。 立花隆が直接藤原から聞いた話として、その時の角栄の言葉を 「田中真紀子研究」 の中で紹介しているので、そのまま引用しよう。
 「いくらほしいんだ。 いくらでもほしいだけ、相手に出させる」

 「お前は何になりたい。 何でもなりたい地位につけてやる。 政府や公的機関の役職でも、大学のポジションでも、なりたいものがあったら言ってみろ。 どういう地位にでもつけるようにしてやろう」

 「よしわかった。 それでは、こういうことではどうか。 ここで田中角栄の願いを聞いてくれるなら、それを自分の一生の恩義とする。 そしてこれからの生涯、何時、何でもいいから、田中にしてもらいたいということが出てきたら、そのとき何でも言ってくれ。 それが何であれ、自分はその望みをかなえるために全力をつくし、必ずそれを実現してやることを誓う」
 藤原弘達はさすが甘言に屈しなかったが、その迫力には圧倒されたという。
「政治家田中角栄のすごさの秘密をかいま見せてもらったよ。 うじうじ理屈なんかこねないで、いきなりストレートにグイグイくるんだ。 相手の欲望がどこにあるか見抜こうとして、直接的な表現でくる。 ちょっとでも世俗的欲望があるやつなら、たちまち見抜かれて、コロリといっちまうんだろうね」
 田中は珍しく交渉に失敗するが、しかし、これによって池田会長とは、電話一本でいつでも話せる気の置けない間柄になった。 こうして、田中は野党とも信頼関係を築いて、日本の政界で他を圧する存在感を持つようになった。 転んでもただでは起きないところが、いかにも利に聡い角栄らしいところだ。