田中角栄入門
日本の今を知るために



 最近の日記は、まるで田中角栄に汚染されてしまったようだ。 実は書きたいことが角栄の他にもあるのだが、ここは辛抱して、角栄につきあっている。 しかし、できればあと数回で終わりにしたいものだ。

 何故角栄に拘るのかということだが、それは立花隆さんの 「田中角栄がわからないと、日本の政治の今はわからない」 という言葉に集約されている。 もう少し、立花さんの文章を引いてみよう。
《 今の日本の政治に起きていることを本当に理解しようと思ったら、さまざまな意味で、角栄政治、角栄の時代に立ち戻ってみる必要があるということである。 そこまで立ち戻ってみないと、小泉改革がなぜ必要になったのかわからないし、小泉改革がなぜうまくいかないのかも分からない 》
( 「田中真紀子研究」 立花隆 )
 この立花さんの本の中に、角栄のスポークスマンであった早坂茂三秘書の書いた 「鈍牛にも角がある」 の文章が引用されているので、孫引きしておこう。 もと新聞社の政治部記者だけあって、角栄型政治の実態がわかりやすく要約されている。
《 角栄は戦後政治そのものである。 角抜きでは戦後政治は語れない。 とりわけ昭和47年7月の政権獲得から同60年2月、脳梗塞で言葉を失うまでの間、田中は日本政治の 「主人公」 だった。 田中内閣に続く三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘の政権までを 「三角大福中」 と呼ぶ。 ところが、その実質は 「田中角栄の時代」 だったのである 》

《 悪党・田中の力の源泉は最盛期で143人に達した数の威力である。 今一つ、角栄は役人操縦術の家元であった。 官僚国家、官僚主義ニッポンは、霞ヶ関のスーパーテクニクラート大集団の協力がなければ立法、行政ともに一センチも進まない。 この役人達を田中は自在に動かした 》

《 持ち駒の主力は大蔵、建設、郵政の三省である。 私の親方は田中軍団を一糸乱れず動員して、自分が操縦できる表の政権を作った。 国家予算はじめ、政権党のあらゆる政策決定過程に介入し、衆参両議員、大がかりな地方自治体の選挙戦は事実上、自分が取り仕切った。 「角影」 「直角」 「田中曽根」 など、田中支配の時代にマスコミが使った形容詞は、歴代政権と田中の関係、距離を端的に表現している 》

( 「鈍牛にも角がある」 早坂茂三、光文社 )
 私は戦後政治を知る上で、もう一つ大切なのは、ジョン・ダワーの 「敗北を抱きしめて」 に書かれている 「マッカーサーの時代」 だと思っている。 田中角栄が一段落ついたら、ふたたび、こちらに戻りたいと思う。 吉田や岸といった、田中の一つ前の世代の政治家が何を考え、戦後日本についていかなる国づくりを目差していたか、それがどう田中角栄の時代につながっていったか、そのあたりのことも調べてみたいと思っている。